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ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

蔡國強展:帰去来 現代美術のスーパースター

 スーパースターという言葉が個人に使われているのを久々に聞きました。

 しかも、それが「現代美術作家」についてつけられたものだという。最初に聞いたときはそのミスマッチに驚きました。それが集客のために安いコピーをつけるようなことをしない横浜美術館だったから、なおさらです。

 「現代美術」と「スター」という言葉が、何となく衝突しているように感じられるのは、現代美術にスカしたイメージがあるからでしょう。インテリの大喜利みたいな。あと、おしゃれよりみたいな(実体はさておいて)。スターなら、馬鹿なやつやダサいやつの心を惹きつけられるわかりやすい凄みと懐の深さが必要です。

 蔡國強の仕事をしっかり観賞したのは今回が初めてでしたが、内容はたしかにスーパースターという言葉にふさわしいものでした。

 火薬を爆発させて、その粉塵で画を作る「火薬絵画」には、とにかくわかりやすいすごさと爽快さがある。どこか水墨画のような、けぶった仕上がりのその画は、少なくともアジア人である私にはとても親しみやすいものでした。

 花鳥風月が描かれた白磁のテラコッタの上を火薬で飾る「春夏秋冬」もとてもよかった。つやつやした白磁のタイルの上には、生命の移り変わりを暗示させる、飛んでいく鳥たちや、開ききった花に向かっていく虫たち(受精の暗喩か)が描かれている。蔡國強はその上に火薬を爆発させ、奥行きのある彩りを追加してゆきます。変化のないテラコッタという静に対し、火薬という動をぶつけるアイディアがまず面白い。


 戯画化の感覚も、親しみやすく、美術館の正面玄関に置かれた「夜桜」に描かれたフクロウはまるでゲームのキャラクターのようです。性交の様子を描いた4枚の連作絵画「人生四季」も、ふたりの人物の睦み合いの表情から、回りに散らされた鳥や植物の様子も含めてとてもマンガちっくです。

 この親しみやすさは明らかに作品の間口を広げていて、火薬という暴力的な素材とのミスマッチも含めてとてもユーモラスな印象を与えていました。

 そのかわいげを含んだユーモアが、もっともわかりやすく結実しているのが壁撞きでした。

 99匹の狼が群れなして透明な壁に突撃し落下して、また立ち上がり、壁にぶつかっていく。循環する人間の行動を表した立体作品です。そこから政治的なメッセージを受け取ることはいくらでも出来ますが、雄々しく跳び上がる狼の顔も、壁にぶつかって転げ落ちる狼の顔もどこかユーモラスで、ちゃんと雄雌を作り分けているので、タマとサオがあるのとないのがいるというのもちょっと笑ってしまう。ベルリンの壁と同じ高さを持つ壁にぶつかって落ちていく狼という意味合いと、その造形の親しみやすさのギャップがとても楽しいのです。



 たしかにこの表現の広さと関心の大きさと、それを表現する手口のわかりやすさと愉しさにはスーパースターという言葉がふさわしいと感じました。

 会場には彼の作品制作の様子を記録したドキュメンタリー映像が流れており、その穏やかな語り口や、北京五輪の演出に携わっていたというバランス感と、火薬をコントロールして絵画を作るというダイナミックな暴力性とのギャップにとても豊かな広がりを見いだすことが出来ます。

 ともすれば内輪ウケになりがちな、いや、内輪ウケでない作品を探すのが難しい現代美術において、彼がスーパースターと呼ばれるのも理解できる気がします。

 そういった御託はおいて、心にパッと新しい驚きを与えてくれるものを求めている人なら、行って損はないのではと思います。

 10月18日まで。 そうそう、併行して開催されている常設展のテーマは、「戦後70年記念特別展示 戦争と美術」で、こちらもとてもよい展示でした。

 ダリが戦争を自然史的なものと捉えていて、ヒットラーを賛美していたことや、偵察飛行機に天使の絵をコラージュしたエルンストの「白鳥はとてもおだやか……」は、彼がドイツ軍兵士で、偵察飛行機に恐怖を抱いていたからこその作品だということなど、初めて知る情報がたくさんありました。戦争画と当時の日本画家との関わりを理解できる展示も印象的でした。

 コレクション展なので、作品自体は何度か観ているものばかりでしたが、戦争という状況が人間におよぼす影響を改めて考えさせるものであり、新しい切り口を提示することで作品の印象が新しく生まれ変わると言うことを実感させてくれました。

 こちらも10月18日まで。