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ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

「少年アヤちゃん焦心日記」

マンガ

少年アヤちゃん焦心日記

少年アヤちゃん焦心日記

 アヤちゃんは「オカマの自虐」で、まずブロガーとして世に出た人だ。だから、前作「尼のような子」では、一貫して韓流や綾野剛に狂う愚かなオカマとして自分を笑い飛ばそうとしていた。

 自虐には、人間の精神につきまとう湿度を自ら笑うことで乾かし、軽くする作用があるように思う。しかし、本作では、彼が自らを省みるたびに涙や汗など、さまざまなべたべたしたものが吹き出てくる。このあたり、アヤちゃんが歩き回る街のべたべたした湿度と、沈み込んでゆく精神の描写がとても見事で、こっちの気持ちも憂鬱になってくる。

 アイドルへの憧れに振り回される青年の自虐エッセイは、いつのまにか「なぜ自分は自分を愛せないのか」という問いをはらんだ私小説と化してゆく。

 アヤちゃんはある日電車で痴漢に会う。見知らぬ男に電車で身体をまさぐられ、そのまま公衆便所で痴漢の行為を受け入れてしまったアヤちゃんは、痴漢に傷ついた自分自身に気がつき、過去の傷ついた自分を見つめ直してゆく。

 そして、アヤちゃんは「昔、自分が女の子の恋人がいたこと」、「自分にDVを働いた男のこと」そして、「自分がとても大切にしていたものを捨てた犯人」を読者に告白し、実家を出てゆく。

 焦心日記でもっとも印象に残るくだりは、彼の心をいやすファンシーな玩具たちへの形容。まるで大島弓子の「つるばらつるばら」のようだ。奇しくも、あれは性自認が女の子な男の子の話だったが。まるで価値のないキラキラしたファンシーグッズを、魂のなぐさめのためのとても大事なものとして扱うのが、とてもぐっとくる。

 新しい世界を、ささやかな可愛らしさで彩りながら外に旅立つアヤちゃん。それは、本当に大島弓子山岸凉子が描いたマンガの主人公のようだった。

ブルー・ロージス―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版)

ブルー・ロージス―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版)

つるばらつるばら (白泉社文庫)

つるばらつるばら (白泉社文庫)

甘い色 稚拙な模様 何の役にもたたない物 こういうものをたよ子も好んだにちがいない 触れたにちがいない 買ったにちがいない

――大島弓子「つるばらつるばら」