ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

ギリヤーク尼崎・六角橋ヤミ市2014年5月17日

夕方は翌日の読書会のために「ピカピカのぎろちょん」を読む。

しょっぱなで姉と弟が公園の鳩を真剣に数えてその数の正確さを競い合っているという無意味さがリアリティがあって最高。物語は、ある日正体のわからない何かによって圧政が敷かれ、街が閉ざされた空間になるという政治性のある話なのだけど、社会の変化を目の当たりにしながら、それに振り回されるわけでなく自由に遊ぶ子供たちの姿が魅力的な児童文学。あずまきよひこにマンガ化してもらいたい。

夜はギリヤーク尼崎を観に六角橋商店街へ。

六角橋商店街は春から秋にかけてヤミ市という名のお祭りをやっており、その日は商店街のあちこちに露店やフリマが出店し、駐車場や呑み屋がステージになる。

東南アジアの市をイメージしたというヤミ市は、企画の石原さんの人徳で、面白い人が顔を出すので有名。演者もいろいろで、フラダンス、レゲエ歌手など。街をうろついているだけで退屈しない。

ギリヤーク尼崎は、その石原さんが惚れ込んでいる演者のひとりだ。
日本の古い歌謡や祝詞に合わせて踊る大道芸人
おなじく横浜市内で行われる野毛大道芸でも演じてくれたことがあるそうだけど、「波長が合わない」という理由で、その後一度も訪れていないというマイペースな人。
でも、六角橋は「波長が合う」らしく、時折踊りにいらっしゃる。

六角橋に降りて、街を歩いていくと、もう街にはさまざまな演者が散っている。
露店を少し冷かして歩くと、本日の舞台となる小さなスペースを見つかった。

すでにそれなりの人の壁ができていて、舞台となる空間は人垣の間からしか見られない。周囲の人々がなんとなくギリヤークさんの噂話を始めるのを聞きながら出番を待った。

長くギリヤークさんを見ているらしい人が、後ろで「初めて観る」という人に話をしている。彼が多くの人に認められているということ、グラウンドゼロで踊ったこと、そして老いたこと、足を痛めてしまったこと、それに伴うパフォーマンスに対する不安、それでもなぜか心を揺さぶられるという話。

初めて見るという連れに、ギリヤークさんが受け入れられるか少し不安に思いながら話しているのが伝わる。愛だなあ。

だいぶ待たされて、人垣も大きくなってきた頃に、誰かが「あ、来てる来てる」と言い出す。声の指すほうを見ると、右側の立ち飲み屋に小柄な長髪の老人がいる。

「あれ?」「オーラあるねえ」という声がもれる。

よたよたと歩きながら会場の中央に座って、ゆっくりとカバンから小道具を取り出し、法被に赤フン姿になる。頭に朽ちた木のような傘をかぶり、老犬が寝床を整えるように少しずつ支度を整える。

衣装を着終えて、札を掲げて演目の名を叫ぶ。まずは「じょんがら一代」「よされ節」だ。

よたよたと、しかし真剣に踊り出すギリヤークさん。その集中力や存在の不思議さをそれなりに楽しく味わいながら、しかし、物足りなさも感じる。ご本人そのものの存在感や集中力がすごいので見応えはあるけど、迫力はない。膝も心臓もよくないと聞いていたので、仕方がないのだろう。ちょうど、手前の人のiPhoneがのぞけてしまう位置で、どうやら「自殺未遂を起こして病院にいる友人からLineメッセージを受け取り、動揺しつつ真剣に叱咤激励のメッセージを送っている」ところだったので、それについ目を奪われてしまう。(ちなみに、Lineでは気持ちが届かないと思ったのか、途中で抜け出て直接電話しに行っていた)

「やっぱり体がついていかないのかな」「でも、気迫はすばらしいな」なんて思いながら、「よされ節」という演目でお客さんを引っ張り込んで一緒に踊る姿をのんきに見ていた。

演目の最中に正面にいるお客さんが色紙に包まれた小銭を投げ始めた。

おそらく投げ銭だろうと思って見ていたが、ずいぶん段取りがいい。そして、彼が随所に「ギリヤーク!」という合いの手を入れている。

最後の演目は「念仏じょんがら」。

鎮魂の念をこめて踊るというこの演目は、三味線の音に合わせてギリヤークが踊りだす。まず、ペットボトルの水をかぶり出したかと思うと、いきなり人垣を割ってバケツをかかえ、頭からバシャーっと水をかぶって法被を脱いだ。

思わず、自分の目が丸くなったのがわかった。

80過ぎの心臓にペースメーカーを入れた爺さんが、水かぶったらそりゃ負ける。負けるよ。気圧されるもの、気合いに。

客を圧倒したいという欲とか、表現したいという情熱とか、そんなものが精神的風圧としてこちらに迫ってきて、思い切り気持ちを揺さぶられる。これは演技や表現力に感動するというより、もはや存在の持つ意志みたいなものへの感動だろう。

そして、さらに面白かったのが、この一連の動きにギリヤークさんの動きを熟知しているらしいおっかけが終始合いの手を入れていたことだ。

「ギリヤークがんばれ!」「がんばれー!」「がんばれー」という滑らかで集中力の感じられる掛け声。誰かの一人のためにたくさんの人がおぜん立てをして完成する光景。アイドル現場につながる、ばかばかしい真剣さみたいなものがあって、とても美しかった。

「かあさーん、今年で83、あと4か月で84。4年後の50周年までがんばるよーー」という声でその日の演目は終わった。

主催の石原さんの前口上では、ぎりぎりまで「やれるかどうかわからない」と話していたというギリヤークさんの演技は、全盛期に比べると力が落ちてしまってはいるのだろう。

終演後に、本人も「何とかやれるもんですねーえ」とほっとしたような口調で話していた。

ただ、そういうこととは関係ないし、面白かったし、暖かかった。来てよかった。

念仏じょんがらの動画