ホンのつまみぐい

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「田舎の人の、田舎が嫌いなところが苦手です」

 朝ドラの「あまちゃん」の1話目か2話目で、岩手県の架空の駅である北三陸駅の駅長・大向大吉(杉本哲太)が、24年ぶりに帰郷した幼なじみの天野春子(小泉今日子)に「最近のこの地域がいかにパッとしないか」を話す場面があって「あー、私こういう地方の人の卑下苦手だな」としみじみ思ったことがありました。

 このありがちな卑下を、のちに春子は作中で「私が田舎を嫌いなのは、この土地がさびれてるからじゃなくて、さびれてることを気にしてるからなの!」というセリフでさっぱりと清算してくれたのですが、ドラマの中の人物が自己肯定を得て街興しに前向きに走り出しても、現実ではなかなかそうはいかないようで。

 私が新潟のローカルアイドル「Negicco」を、CD複数買いはしないまでもほそぼそと応援していることは前にも書きましたが、「Negicco」もけっこうそういう田舎の自己卑下で損してるよなあと思うわけです。

 彼女たちの場合はユニット名がわかりやすくダサいということと、プロダクションが「Negicco」のためだけにある超弱小ということもあって、なんか地元の人にこそ馬鹿にされやすい。

 でも、地元から出てきたものをよく知らずに「ダサい」っていって切り捨てちゃって都会に憧れるその感じがいかにも「田舎者」っぽいんだよなああああと思っちゃうわけですよ。そんで、都会で褒められると急にふりむき始めたりね。人から「いい」っていわれたものじゃないと「いい」って言えないことこそが「ダサい」んだけどさあ。経済ならともかく文化ですよ?

 私が「Negicco」にがんばってほしいなあと思うのは、そういう「都会に憧れる地方」が彼女たちの輝きによって少しでも変わっていくといいなというのもあったりします。

 ところで、「あまちゃん」に登場する古田新太扮する荒巻太一は明らかに秋元康のパロディで、「東京は田舎者の集まり」を標榜して全国からローカルアイドルを集めてGMT47(地元47)を結成しようとしているのだけど、これはどういう落としどころを得るのだろう。AKB48の成功の原因は、総選挙というシステムにあるので、それを描かないで「ロコドルを集結させて大成功」を描くのは難しいでしょうし。「あまちゃん」がどういう形で「アイドルビジネス」を描くのかも楽しみです。

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