ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

2012年印象に残ったマンガ

 2012年は個人的に不安定な年で、振り返ると若者ががんばってるものばかりにふれていました。アニメで言うと「つり球」で人見知りの少年ユキが、精一杯アルバイトをするところでも泣いたし、「ちはやふる」で生徒たちの敗北後に、先生が「負けと向き合うのは大人になっても難しい。でも、あの子たち、誰もなぐさめあわない」と言う場面でも泣きました。沸点超低い。印象に残ったマンガもそういうのが多かったです。

BUTTER!!!(5) (アフタヌーンKC)

BUTTER!!!(5) (アフタヌーンKC)

 以前、児童文学を「小さな勇気を賞賛するための物語」と表現したことがあるのですが、そういう意味で「BUTTER!」はとても児童文学的だと思います。みんながちょっとずつ弱いところを持っていて、でもそれを精一杯の勇気で少しずつ乗り越えていくという展開が泣かせますね。
 ヤマシタトモコはそのうち児童書の挿絵描くよね。

ひばりの朝 1 (Feelコミックス)

ひばりの朝 1 (Feelコミックス)

 可愛い、子どもっぽい、無垢、無知、弱い、庇護される…。
「幼い」という言葉に付帯するさまざまなイメージの中で、マイナスの事柄だけを引きうけたような女の子日波里(ひばり)を巡る人々のオムニバス。
 ぷっくりした唇にとろんとした目、そして豊満な肉体の中学生・日波里は、その外見のせいで女たちからは疎んじられ、男たちからは性的な目線を向けられます。
 本来彼女は、14歳の少女にしてはどんくさくてちょっとぼんやりしたむしろ幼い少女なのですが、そのことをほとんどの人が気づいていません。だから、男性からの「誘ってるんだろ」、女性からの「あいつむかつく」に対処できず、自分を責め続けています。
 無垢な(そして幼稚な)内面の日波里を、外見で決めつける大人や同級生たちの姿は、無垢を信仰する大人たちへのアンチテーゼともとれます。
 これもYA児童文学っぽいです。私ラストは安易なバッドエンドにはならないと思ってるんだけど、どうなるのかなあ。
 
空が灰色だから 1 (少年チャンピオン・コミックス)

空が灰色だから 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 いろんな人が解説しているので、いまさら細かい説明はしませんが、とても面白かったです。「こういうことは一度もなかったけど、こういう気持ちには何度もなった」ってことがたくさん描かれている作品でした。
 改めて読んでみるとセリフがとてもリズミカルで、いくつかは拡張して高校演劇の脚本にできるんじゃないかなと。

きょうもみんな、おえかきがすきです。 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

きょうもみんな、おえかきがすきです。 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

 事故に遭った娘を救うため、父は悪魔と契約した。16年の歳に、娘の目を奪いにいくという契約で…。画家の父に育てられ、自らも絵を描くことを愛したその娘は、目を奪われまいと学校の校舎でバトルを繰り広げる。
 絵を描くことに取り憑かれた人々のエゴを真正面から描いてます。悪魔をカッターで切ろうとしたり、自分の髪で作った縄で首を絞めようとしたり、肉体的なバトルを繰り広げるところが!すごく!いい!! このくらいの年頃って、精神と肉体って直結してるもんね!
 絵を描くという行為を「わたし達はこの魔法の虜囚だ」と表すポエムセンスも、やたらきらきらした画面描写も作品世界にうまく直結しています。
 あと、父娘相姦的な危うさが漂うので、そういうの好きな人にはたまらんと思う。

さきくさの咲く頃

さきくさの咲く頃

 女の子ふたりと男の子ひとりが出会って別れるだけの話。そのうちふたりが同性愛者というのだけが少し変わっているけれど。
 この人の作品は感情移入や共感を気軽にさせないのですが、そのおかげで読み手の感傷や同情によって物語を消費させることがない。「かわいそう」とか「元気出して」とか言わせてくれない。
 風で髪がなびくところや、舞い散る葉を背に歩いて行くところ、雪の日に三人で地面に寝るところ。何気ないけど美しい場面がいっぱいあって、それがよけいに哀しいです。

演劇部5分前 1巻 (BEAM COMIX)

演劇部5分前 1巻 (BEAM COMIX)

演劇部5分前 2巻 (ビームコミックス)

演劇部5分前 2巻 (ビームコミックス)

演劇部5分前 3巻 (ビームコミックス)

演劇部5分前 3巻 (ビームコミックス)

冬の終わり、青の匂い (ビームコミックス) (BEAM COMIX)

冬の終わり、青の匂い (ビームコミックス) (BEAM COMIX)



 2012年ベスト。今のところ高校演劇部マンガ・オールタイムベスト。
 
 部員はわずか女子3人。しかも全員3年生の玉姫高校演劇部は、中部大会を通過しなければ廃部という約束を学校としてしまいます。慌てて部員を探して芝居を作ろうとするが、集まった顧問も生徒もクセのある人間ばかり……。落ちこぼれが出会って部活を再結成するという展開はありがちなんですが、この作品、ほかの青春ものとちょっと違います。

 ふつう落ちこぼれが集まる物語では、「何らかの勝利によって過去のトラウマを清算して結束を高める」話をやるんですが、本作はそれを拒否します。

 3人がかかえている過去は、2年時の文化祭での公演にお客が一人しか入らなかったというものです。3人だけで、それでも一生懸命準備した舞台の幕を開けると、会場に並べられたパイプ椅子には、自分たちが招待した部の先輩一人しか座っていない。ガラガラのパイプ椅子を前にして必死で芝居をやり遂げる彼女たちの姿は、読者をとてもいたたまれない気分にさせます。

 この残酷な過去を読者に共有させてから、演劇部の面々は「受け取る人のいない表現には意味がない」という前提で、多くの「表現」のための課題に対決することになります。

 女優を目指し、専門学校にも通っていたプライドの高い矢野さんは、自分の芝居が相手を受けていないことを指摘される。

 医学部への入部を強要され、焦燥感の中でオリジナルの脚本を書き上げた、たまちゃんは、水準は高いものの「審査をする高校生の中に、難解で理解できないという意見がきっと出てくる」という理由で、1度必死で書き上げた脚本を捨てる。

 また、天才肌だけど気まぐれで演技の安定しないアッコは、いくつかの出来事を通し、役者として舞台に向き合う「覚悟」を突きつけられる。

 それぞれが、ひとつの芝居のために違った課題に向き合っていく様子は、とても演劇という総合芸術に沿ったリアルさに満ちています。

 わがままで個人主義な上に高校生という、結束に向かない面倒な人間たちが、1つの作品を届けるために切磋琢磨していく。スポーツや吹奏楽などとはまったく違った部活動の時間がそこには描かれています。

 物語のクライマックス、アッコたちは小さなトラブルの積み重ねで地区予選に敗退し、演劇部の廃部が決定します。負けをひきづった人々からはじまった物語が、さらに負けを重ねるという青春ものとしては特殊と思える方向に話は進みます。しかし、物語はさらに続き、最終話では「演劇とは何か」を物語を通して証明するという困難な課題を作品の中でやりとげてしまいます。

 詳しく書くのは控えますが、これだけ「演劇」の特権的とも言える感動の意味をうまく説き明かした作品はマンガ分野では他にないのではないか。私は何回読んでも最終話で泣きそうになります。


 表現とは何か。高校演劇とは何か。そして、青春とは何か。すべてを高い熱量で、しかしじんわりと丁寧に書ききった高校演劇マンガの傑作です。短編集もすごくいいので皆買おう。

それにしても、たまちゃんが合宿の夜にみんなの前で話した

 「多分 この先辛いこととかうまくいかないこととかたくさんあって けど そういう時 こういう思い出少しずつ消費しながら生きていくんだろうね」

 が、まるで青春を美しい結晶として残せなかった年寄りがいつまでも青春マンガを読んでしまう心情を言い当てられたような気がしてどきっとしました。

人間仮免中

人間仮免中

 統合失調症による妄想のせいで、歩道橋から飛び降りてしまった卯月さんが、ぐっちゃぐちゃになってしまった自分の顔を鏡で見た瞬間の言葉がとてもよかったです。

「おいら片目でもこれ全部漫画にしたい!」

 地獄を見てもそれを笑うことができるという表現者の業があまりに無防備に描かれています。
 部屋に戻ってすぐ、自分の顔をスケッチして紙に残した瞬間の言葉が「おいらこのとき地獄に落ちてもいいと思いました」というのも、とても孤独でつい読みながら手が止まってしまいました。
 そのすぐ次のページが、見舞いに来る陽気な家族という構成も含めて、すばらしい。本当にこれを見てしまっていいのだろうかというようなことがとてもたくさん描いてあります。

 新しい恋人のボビーが卯月さんを「あなた」「卯月さん」と呼ぶところがとてもいいですね。

 ところで、皆さんが重たくてうまく飲み込めなかったという妄想シーンはとても高揚した気持ちで笑いながら読んでいました。

じこまん~自己漫~ 1 (ニチブンコミックス)

じこまん~自己漫~ 1 (ニチブンコミックス)

 自転車好きのおっさんによる自転車話なんですけど、ナルシスティックな自分を笑いつつ全面肯定するっていう姿勢も含めてすごく面白いです。(今手元にないのでうまく言えない…)「かもめチャンス」も面白いのにあんまり話題に上がりませんね。絵が地味だからかな…。

本屋の森のあかり(1) (KC KISS)

本屋の森のあかり(1) (KC KISS)

本屋の森のあかり(12)<完> (KC KISS)

本屋の森のあかり(12)<完> (KC KISS)

 完結。10年後くらいに、「そうそう、あの頃の出版業界はこんな雰囲気だったね」と思い出しながら読めると思う。書店をまたいで横断的に呑み会を開くとか、フェアを若手主導で新しく立ち上げるとか……。たしかに、本当にそんな感じでしたね、2006年〜2012年。

 本作はエピソードがとにかくリアルです。昔からある町の本屋さんが大型店出店のために閉店して、元店長がその大型店に就職してくるとか。ぱっとしない跡継ぎ息子が店長で、その下で副店長同士の派閥ができてしまうとか。それぞれがけっこうすさんでる。だけど、そんなリアルを、お互いが少しずつそれぞれの出来る方法で解決していって、わずかな尊敬を積み重ねていくというその手際がすごく美しかったです。主人公のあかりは決してスーパーウーマンにならなかった。仕事は勝ち負けじゃないというのがよくわかってる人の作品だと思います。

 また、登場する本も魔法のようにその人を変えてはいかない。読書という経験が、ふっと何かの形で漏れ出してくることで、少しずつ人の心のありようが変化していくという描写もすごくよかったです。本を読むということが、個人的な体験だというのがとても誠実に描かれていました。

 いやね、この作品の後に本屋マンガとか図書館マンガとか本を紹介するマンガとかじわじわ出てきたんですよ。

 これが、とにかく「本を読むと自分のダメだったところがわかって改善できる!」「本好きの人は心優しい人ばかり!」の乱打ですよ。あんたら「美味しんぼ」ですか?

 反省するために本読んだりしたくないし、善良な天才が読もうが人間のクズが読もうがおんなじ事しか書かれてないから、人は本を心の友とするわけですよ。それを「本好きはいい人」イデオロギーを共有して、本好き同士でつながりたがるってもうすごい意味わかりませんね。

 ちょっと本屋の森のレビューにはよけいですが、どうしても言っておきたかったので。 

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

 あっという間にすごくうまくなっててびっくりしました。神様とか異形とか、いろんな存在が出てくるところがマンガ読んでるなあって感じがして好きです。

大奥 第9巻 (ジェッツコミックス)

大奥 第9巻 (ジェッツコミックス)

 田沼意次平賀源内松平定信が魅力的すぎて「風雲児たち史観の自分としてはこの先がつらい。

闇の国々 (ShoPro Books)

闇の国々 (ShoPro Books)

 千野帽子の『俳句いきなり入門』に「脳が困ったような」というたとえがあるのですが、これは全編脳が困ったような感じになるマンガ。米沢嘉博記念図書館の記念イベントで読みました。

 あと、昨年、一昨年に書きそびれたので…。歴史的新刊と歴史的復刊。

もう読めないかと思っていたので本当にうれしかった。はるき悦巳については、いつかまた場を設けたいです。

夢の中 悪夢の中 (白泉社文庫 み 2-19)

夢の中 悪夢の中 (白泉社文庫 み 2-19)

 何度も言うけど、三原さんのマンガって「今だから意味がわかる」ことがたくさんあって、これもその最たるもののひとつだよなあと。

 
 さて、去年はお金もあんまりなかったので、そもそもいろいろ買えていないのですがそれでもいろいろ読んだなあと。あと、田中雄一庄司創アフタヌーンで定期的に発表してるのもうれしかったですね。もう2013年も2月半ばですが、今年もいい作品に会いたいです。