ホンのつまみぐい

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仄明るい暗闇という感覚-ダイアログ・イン・ザ・ダークinショーケース体験してきました

バリアフリーフェア主催団体、NPOスクエア連絡会の山本さんと石井さんにインタビューさせていただきました

記事には盛り込めなかったのですが、山本さんのお考えで一番面白かったのは、「ぶらり横浜みなとみらいバリアフリー散歩」に書かれた下記の部分です。これは、車いすでの移動について、サービス事業者などに指導した「横浜みなとみらい21ウェルカムマニュアル」作成にあたり、事前に書かれた報告書で、みなとみらい各所のバリアの状況についての現状報告がなされています。


外国の町並みをまねたフェイクの石畳だと思うと、また、石畳はおしゃれだと思い込んで、歩行困難者のことを考えずに貼ったなと車いすユーザーはうんざりするのだ。しかし、それが実際に荷車を走らせるのに必要だった石畳をそのまま残した(または再現した)ものだと知ると、身体はきつくてもおもしろさを感じさせることもある。


インタビューではバリアという言葉に語源通り「障壁」という意味がこめられていますが、この話を思い出すと、むしろバリアは「距離」ではないかと思います。障壁には取り除く、乗り越えるというニュアンスが付帯すると思いますが、むしろ状況によって伸びたり縮んだりする「距離」というもののほうが、近いかなと。


さて、このご縁でダイアログ・イン・ザ・ダークinショーケースに参加させていただきました。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク複数人でチームを作り、一筋の光も入り込まないように閉じられた暗闇の中を、視覚障害者の方に案内されて進んでゆく。文字にすると本当にただそれだけの体験です。

でも、これが非常に心地よい。
暗闇で鈴のはいったボールをパスしあったり、丸太の橋を渡ったり。ビールやジュースを飲んだり。
よくマンガなんかで「まっ暗だけど、人の気を感じる!」なんて場面があるけど、残念ながらああいうことはありませんでした。人の気配は、声の方角を元に察するしかありません。
お互いに協力しながら声をかけあって相手の存在を感じようとすることで、不思議とお互いを尊重する空気ができあがってくるのが面白く感じました。

また、視覚を閉じていることで身体的にもとてもリラックスできているという実感がありました。普段、私たちの目は本当に疲弊しているのだなと実感。外に出た瞬間は闇が名残惜しくなりました。


さて、ダイアログに参加したことで、改めて共感できた長田弘さんの詩があるので、一部を引用します。

(前略)
真暗闇というのは、つくられた白い光に慣れた目が、突然その光を断たれたとき、とっさにつかんでしまう偽の感覚である。闇は、ほんとうは明るいものだ。仄明るいものなのだ。
(後略)


明るい闇-「記憶のつくり方」から。


記憶のつくり方

記憶のつくり方