ホンのつまみぐい

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『遺体』石井光太

 震災以来、ずっと問いかけていたことがある。ボロボロになった心は、果たして回復するものなのだろうかということだ。私は4年前に父を亡くしているが、その時のことを思い出すと今でも胸がつかえるような気分になる。父は何年かの闘病の末に亡くなったので、心の準備はできていたはずなのだが、それでも失ったもののことを考えるといつまでも平静でいられない。
 
 家族を、友人を、町を、仕事を失った人たちはどうやって生きていけばいいのだろう。そういう立場になったら、自分はどうすればいいのだろう。そんなことをずっと考えていた。

 石井光太のトークイベントに参加してみたのは、彼が以前ブログでその問いに答えてくれるようなことを書いていたからだ。

そうしたことから、私は今回<遺体>に着目して、被災者たちがこの2万の遺体にどう立ち向かい、受け止め、克服していったのかということを克明に描きました。”

 立ち向かい、受け止め、克服するというのはどういうことなのだろう。

 10月のトークイベントは、紀伊國屋書店新宿本店で行われた。30人ほどのキャパシティの会場は、満席に近い。未購入だった『遺体』を購入して少しずつ読み進めているうちに、石井光太が登場した。

 坊主頭に鋭い目つき。骨格の浮き出てくるようなしゃんとした背中。椅子に座るとハリのある早口で、取材動機を話し始めた。
これは日本が10年、20年抱えることになるであろう問題であること。行かないという選択肢はなかったという姿勢。どういったルートをたどって取材に行ったか。それから、現地の状況や、出会った人々のことに話が動いていった。

 現地についてからの話は本にも書いてあるとおりなのだが、満足に人が入ってこられない土地で、遺体と向き合うのは地元の人たちしかいない。友人が、家族が、患者が、遺体となって運ばれてくる様子に多くの人たちが必死で向き会い続ける。

 おそらく、本を読んだ多くの人が嗚咽したであろう、民生委員の千葉さんの話もトークイベントで伝えられた。民生委員をしていて、葬儀場で働いた経験を持つ千葉さんは、死体に根気強く話しかけていたという。死体によっては墨状になってしまっていて、それはもう人ではなくモノに見えてしまう。でも、千葉さんは人を人として扱ってあげたいと死体に語りかける。

“千葉は蛆に食い荒らされた孤独な老人をせめて人間らしく扱いたいと思い、遺族が来るまで変わりに自分が遺体に言葉をかけることにした。手が空く度に、町の近状やその日の出来事を語って聞かせる。そうしていると穴だらけの変色した遺体が生前のように喜んだり、悲しんだりするように見えたのだ。”『遺体』p186

「小さなことかもしれないけど、すごく大きなことなんです。その一言があるかないかで、これからその土地で生きていけるかが変わってしまう」(トークイベントでの石井の言葉)

 こんな話もあった。ある人が避難所で「お化けが出た」と叫ぶ。それを聞いたみんなで、お化けを探しにいってあげる。その叫びの後ろには行方不明の家族かもしれないという気持ちがある。だから、みんなで見にいくのだ。だけど、そういう感情を知らない人にはただの怪談でしかない……。

 その土地で生きていけるかどうかという言葉が、胸に残る。死体にお化粧をしてあげたり、花を添えてあげたりという小さなことが、小さな救いとなるのか。そうであれば、仮に私が誰かの危機に直面した時に、できることがあるのかもしれない。

 石井はトークイベントの最後で、“小さな神様”という表現を使った。
 たとえば、失恋して落ち込んでいる時に慰めてくれた友人がいたとしたら、その時その瞬間はその友人が“小さな神様”になる。人間は弱いからこそそういうものを作っていると。

 被災地ではいろいろな物語が生まれるという。
 天国の親が電話をかけてきた。自分の父が死ぬ時に誰かを救ってあげた。もし、何も残さずに死んだ人がいたなら、その人が残したボートが遺体捜索に使ってあげる。そういうこと物語があることで人は救われていくと、話す。
 
 『遺体』は、何十年も続いていくであろう傷と向き合うために、どう生きていけばいいのかを想像させてくれる希有な本だ。答えのない諸々の出来事を、忘れずに生きていくために、この本をずっと手元に置いておきたい。

SYNODOSJOURNAL『遺体』(新潮社)刊行記念インタビュー 石井光太

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