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ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

「くいもの処明楽」ヤマシタトモコ

マンガ

「むり むりむりむりむり!! ぬ、 抜けってバカ!!」
「なんで? 感じてんでしょ?」
「だからヤ なんだよ バカ野郎!!」
(中略)
「いーでしょ? も、ホントにするから マジ静かにしといて」「ね」
「う ―――っわ も 戻れない道に入っ… てきた ついに〜〜」

 上記のセリフは、ヤマシタトモコの『くいもの処明楽』というBLコミック中での会話だ。
 お察しの通り、男性が男性に挿入するシーン。照れとワクワクと緊張と恐怖感が入り交じって、ギリギリまでやってることをちゃかしてしまう態度が、いかにも男子だ。
『くいもの処明楽』を買ったのは、BLの熱心な読者ではなかった私が「BLを読んでいないとおもしろいマンガを読み損ねる可能性があるようだ」と思い始めた頃だ。なんでそんな遠回りをして読まなくちゃいけないのかというのは、ミソジニーに対する忌避感や、中高よく遊んでいた友人がゲイだったとかいろいろ要因はあるのだけど、その話は長くなるのでひとまずおいて。(だからBLおもしろいと率直に思えるようになったのもここ最近…というか去年末くらい)

 5年たって読み返してみて、BLというジャンルの面白さに改めて気付く。BLは、男子を描くことを本当に楽しんでいるジャンルだ。しかも、かっこよさだけでなく、ダメなところやズルいところをかわいく描くことについては独自の進化を遂げていると思う。

『くいもの処明楽』でもうひとつ上手いなと思ったところ。

「おれがキレて つっぱしんの待って キッカケをおれのせいに したいだけなんだよ あんた」

 上のセリフはノンケの32歳の居酒屋店長明楽と、26歳の部下鳥原(こちらもノンケ)が、なかなかセックスに突入できずにお互い距離を測りかねている時のセリフだ。

お互いが合意の上でキスする間柄だけど、明楽はセックスに抵抗があって、鳥原をすぐには受け入れられない。だけど大人だし、それではダメなことも知っている。知っていて、先に自分を好きになった鳥原に自分にいかに覚悟がないかをグダグダ語る。それを鳥原が見透かして、上のセリフを口にするのだ。

一線を超えたいけど、勇気がない。だから相手に押してほしい。明楽はずるい。でも、ずるいところが透けてみえてしまうスキのある感じを、ヤマシタはかわいく描く。一方で、鳥原もかわいい。鳥原は頭がよくて要領がいい。だから、自分はなにをやっても達成感がなくて、そのせいで自己評価が低いと言う。鳥原は鳥原で、ついつい関係が終わることばかり考えてしまう自分のネガティブさをもてあましている。その逡巡も「かわいい」と思って描く。

 男の子は「おもしろくてかわいい」。その男の子が出会ってなにかが起これば、もっとおもしろい。男の子の観察者であり鑑賞者である欲張りな表現者たちが、BLという場で思う存分男の子の魅力を語り尽くす。その語りの豊かさが、BLという分野の特権的な魅力になっている。

例えば、明楽が気晴らしに行こうとした風俗で使い物にならなくて、鳥原の家の押しかけて『勃起障害だ』と目つきの悪い顔で言うシーンのおもしろさ。BLはいつのまにかずいぶん多様性のあるジャンルになっていたのだあなと5年も前の本を読んでしみじみ思うのだった。