ホンのつまみぐい

いろんなもののファンをやっている人が、日々のよしなしごとを綴っています。

『夢見る古都』星野リリィ

前回の少女漫画喫茶で知った作品。
輪るピングドラム』が今期一どころか人生ナンバーワンくらいの大切なアニメになりつつあるため、さて星野さんがキャラデザに選ばれたのはなんでかいなと思って手に取ってみました。
そしたらあまりにツボだったので買いなおしてしまいました。
どこがツボって、これは、いまどき珍しい「アンドレ系男子」が出てくるんですよ!

アンドレというのはかの名作『ベルサイユのばら』の主人公、オスカルの相手役です。平民の身でありながら貴族の娘であるオスカルに岡惚れしてしまい、苦悩する黒髪イケメンです。
身分の差に悩む男性というのは今も昔も物語のネタとしては珍しくないはずですが、アンドレっぽい男子にはなかなか遭遇できません。
こういう身分差を乗り越えてゴールな相手役って、解放役を担う存在なんですが、そういうのって最近は外から来た存在が担うことが多くて、あんまりアンドレみたいに幼ななじみでかつずっと一緒にいるってカップルがくっつくことってないんですよ……。
最近だとどこかの国からきた世間知らずのお姫様が日本でふわふわ学園生活を送る『陽だまりのピニュ』。これもけっきょく従者のトーリじゃなくて、日本の高校生久慈くんが相手なんですよね……。

「これはアンドレか?」って思って読むと、恋する女の子に「私まじで心が男だから女と恋愛するわ」って言われたり(パロスの剣)、嫉妬でうっかりその子の死の原因作っちゃったり(竜の眠る星)とか、もうがっかりさせられることばっかりですよ! 

そういうわけで、『夢見る古都』はほんとうにひっさびさにアンドレっぽい男子が出てくるたいへんよい作品でした。
アンドレっぽさとはなにか。それは陰気さと極端さです。

さて、ベルばらの重要なポイントは、オスカルとアンドレの力関係が非常に強固な点です。二人は幼なじみなんだけど、アンドレはずっとオスカルのことを人間的にも尊敬していて、それに見かけの権力関係がプラスして非常に強固な上下関係が出来ている。それはベルばらが少女の解放というテーマを背負っていて、そのために女性の方が力を非常に強くしておく必要があったんですが、まあ、いまどきそんな女にべったりかしずいてる男子は微妙ですよね。

さらに、物語前半は影が薄かったものの、オスカルに告白した後のアンドレはだんだん影の濃い陰気なキャラクターになっていきます。無理心中をたくらんだり、仕事中に同僚にからかわれてぶちきれて銃を暴発させたり。アンドレは、物語上のアイデンティティが「オスカルの相手役」という一点に絞られています。彼にまつわるあらゆるエピソードのすべてがオスカルのために用意されており、それ以外の自我が存在しません。その存在の明確さはすがすがしいくらいです。陰気な上に極端。

さて、『夢見る古都』は魔法が存在するどこかの国のオリガ姫様をめぐる呪いの物語です。オリガ姫様には幼なじみのジョットという親衛隊長がおります。オリガとジョットはお互いの間に思慕を育てていますが、当然お互いそれを表面に出すことはありません。緊張感のある二人の関係を軸に、古都にちらばる魔法と、それを通して映し出される美しさ、残酷さが描かれます。
この作品の中では、魔法は必ずしもプラスの存在としては描かれません。
オリガは魔法を通じて別世界の王女アドベと出会い、友人となります。そのアドベも小さな魔法を使うことができますが、魔法はアドベの忌避していた「顔も知らぬどこぞの王」との婚姻を防ぐことが出来ません。
また、結婚を恐れるオリガが出した「夫になりたくば魔法の宝物を」という宣言のために、魔法を探求する旅に出た青年は心を病んで少女を殺してしまいます。
オリガが魔法の宝物を夢想するシーンでは、最初に水槽から現れる人魚が描かれ、次のページでは血を流して倒れるチェスのコマが、その次のページでは小さな彫像が悪魔に強姦され、それを人々が笑いながら見ている場面が描かれます。

描かれるセックスはすべてレイプで、登場人物の心は立場に縛られていて、魔法は人の心を惑わす存在。いやあ、まったくもって不健康です。そして、不健康さの密度がそのまま美しい妖艶さにつながっています。

ジョットがオリガを見る目は、非常に抑制的で、その伏せた目がとても官能的です。対してオリガは、従者として自分に距離をおこうとするジョットにいらだちを感じており、時に子どもじみた挑発を行います。(それもせいぜい怒った声で「一緒に踊るか?」というくらいですが)。二人は、慣れた存在に対する安心感と、それを壊してしまいたい欲望の狭間で揺れていて、その緊張感がとても不健康で官能的で最高なんですよ!!!! 

一巻はオリガの前に身分的にも申し分の無い気障なイケメンが現れたところで終わっており、ジョットがこの先きっとその陰気な目にますますほの暗い影を宿すことになるんだろうなと思うともうワクワクがとまりません。きっとひっどい目にあった上に最後まで報われなかったりするんだろうなあ。

星野リリィの絵は髪の毛のふわふわした触感、ぽってりした表情豊かな唇など、とてもチャーミングな絵を描くのですが、その肢体はとても肉感的で、おっぱいの描き方もどこか男性的です。
世界の民族衣装のいいとこどりのような美しいドレスや軍服。鳴らせば美しい音を響かせるのではないかと錯覚させるような、かわいらしい小道具の数々。チャーミングなディティールの中に、肉感的なエロスが存在する『夢見る古都』。連載中断しているようですが、なんとか最後まで描ききっていただきたいものです。