ホンのつまみぐい

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受講まとめその4 「SLAMDUNK」「バガボンド」井上雄彦の新しい成長モデル

・関係性強化のモデルとしての「SLAMDUNK」
「SLAMDUNK」が脇役や敵チームの登場人物を丁寧に描いているというのは、一度でも読んだことのある人なら知っていることと思われますが、今回は最終戦での花道の行動が引き合いに出されていました。山王戦で花道が流川にパスを出す。そのことが勝利より上位にきていると。「山ほどのやおい本を産んだことからもわかるように」という宮本氏の表現に深くうなづきました。

・水平軸のコミュニケーション「バガボンド
ここで、話は「バガボンド」に移ります。
 武蔵の父は偉大であり、しかし自分が最強であるために子を殺そうとするような父として描かれます。また、小次郎以外の登場人物は、みな親との間に葛藤をかかえて生きている、いわゆるトラウマ持ちです。しかし、「父を倒す」という垂直軸の成長ではなく、ライバルとの斬り合いを通して無二のコミュニケーションを獲得することで、葛藤から開放されるというモデルを描いています。たとえ父に与えられたものであっても、コミュニケーションの道具として昇華させることでを自分の中で肯定すべきものに変えていけるということでしょうか?
「抱きしめるかわりに斬るんだな」というセリフが大変象徴的でやおいくさいです。このコミュニケーションによる解放を、講義では「水平軸のコミュニケーションによって、垂直軸の葛藤から解放されていく」と表現していました。
 斬り合いによるコミュニケーションというのは、相手の死によって成立するので、そのへん非常に梶原っぽい不健全さを感じる部分もあるのですが、梶原作品のキャラが孤独な一人として閉じていくのに対し、井上作品は明らかに解放的なので、そのへんの違いはかなり面白いように感じます。もっとも私「バガボンド」途中で降りてるので、あまり語る資格もないのですが……。

 総体として、非常にスリリングな広がりのある講義でした。もっともっと聞きたかった!10回連続講座とかになって本にまとまればいいのに!

 ところで、宮本氏の定義で言うと今の少年誌連載マンガの多くは少年マンガではなく児童マンガと言えるような。この講座で後半登場したマンガも「SLAMDUNK」以外は分類上は青年誌だし。
 私はアラサーで90年代ジャンプ読者ですが、そのころには「少年の快楽に奉仕するのが少年マンガ」だったような気がします。ジャンプシステム導入すると、快感原則である勝利が最上位に来るから、友情や努力がいつのまにかおきざりにされていくことが多くて、それをはがゆく思っていた記憶があるので。
 また、ルフィがあらかじめ無敵の身体を持った「ONE PIECE」には、成長が描かれていないというのはひこ・田中の「ふしぎなふしぎな子どもの物語」でも指摘されていましたね。
 もちろん、「ダイの大冒険」のようにそのあたりに自覚的で、友情や努力を勝利のための最重要要素として描いていた作品もありますが。
 しかし、大人の不在が寺田ヒロオから連綿と続く課題だったというのは衝撃的だった……。そして、その先に発達した成長モデルが友情の獲得というのは非常に面白い。児童文学、少女マンガと比較することもできるし、いろんなことを考えるきっかけになりそうです。